月次レポート:ゾハール・ドヴィール(2026年7月)
蒸し暑い気候になるにつれ、私は自分の作業リズムを見つけ出すことができた。大半の日はエアコンの効いた部屋で絵コンテ制作に費やした。しかし、7月は実にイベントが目白押しで、エアコンの効いた部屋から離れざるを得ない機会も多々あった。

月の初めには、共同ディレクターの宮﨑しずかさんをはじめとする「ひろしまアニメーションシーズン」チームの手厚いサポートのもと、ワークショップ『Peace Between Us(わたしたちのあいだにある平和)』を主催した。このワークショップでは、地元の高齢者4名と、幼稚園生から高校生までの子どもたち26名を招き、世代を超えて平和について対話する場を設けた。高齢者の方々が平和についての思いを語り、子どもたちはその話に応える形で、全員で協力して壁画を制作した。
スケジュールは過密で時間も限られていたが、幸いにもチームや通訳の黒住奏さんの助けを借りて、この日のもう一つの目的であった「日本での初めてのインタビュー実施」の時間を作ることができた。絵を描く子どもたちに囲まれながら、高齢者のお一人であるマリコさん(仮名)と、ご家族のこと、戦後の広島で育った経験、そして平和に対する思いについて興味深い対話を交わした。ワークショップ終了後には、4名の高齢者全員の声を録音し、平和に関する考察とワークショップの感想の両方を聞く機会にも恵まれた。制作に命を吹き込み、このように素晴らしい形で締めくくるのを支えてくれた関係者全員に、心から感謝している。

ワークショップが終わっても休む暇はなかった。翌日、H-AIRの滞在アーティストたちは比治山大学で自分たちの作品に関するトークを行った。新しい観客に向けて自身の作品をプレゼンテーションできたのは喜びであり、その後は学生たちと時間を過ごし、自身の経験を共有する機会を得た。多忙を極めた2日間を終え、疲れ果ててはいたが、満ち足りた気分であった。
数日後には長崎へと向かい、「Peace Education Lab Nagasaki(PLAB)」のメンバーと合流した。PLABメンバーの一人であるサカシタ リンさんが温かく迎えてくれ、市内を案内するとともに、創設者や他のメンバー2名を紹介してくれた。彼らとの対話は非常に実り多いものであった。それまでは、平和構築に積極的に携わっている人々と話す機会がほとんどなかったからだ。広島と密接に結びついた歴史を持つもう一つの都市から、平和に対する別の視点を聞けたことも興味深かった。過去についても多く語り合ったが、滞在制作中で初めて、現在や未来についても対話を交わすこととなった。 
日本での3つ目にして最後となったインタビューは、実はこの長崎訪問中に始まっていた。市内ツアーの一環として、リンさんが平和資料館の外で高校生2人への簡単なインタビューを手配してくれたのだ。会話の中で、偶然にも2人とも広島在住であることが分かったため、後日改めて連絡を取り、より時間をかけたインタビューを実施した。若い世代が平和についてどう考えているのか興味があった。私は彼女たちのような若者がもっと冷笑的になっているか、あるいは少なくとも平和について聞かされることに飽き飽きしているのではないかと予想していたが、現実はまったく違っていた。彼女たちはこのテーマに深く向き合っており、平和教育の重要性を懸念し、日本および世界中の現在の政治状況についても強い意識を持っていた。
わずかな自由時間を利用して、日本の探索ももう少し楽しんだ。長崎を訪れた後、武雄温泉に1泊した。タトゥーがある人間にとって、入場可能な温泉を見つけるのは往々にして難しい。他の利用客がいない時間帯に施設を使わせてくれたため、リラックスできた反面、他の女性が入ってくるのではないかと終始ハラハラする体験でもあった。
もう一つのハイライトは、ベンスやクララと行った直島への旅行だ。地中美術館とベネッセハウスミュージアムを訪れ、美しい島内を自転車で巡り、草間彌生の有名な南瓜のオブジェと一緒に写真を撮った。岡山のゲストハウスに宿泊し、翌日は美しいビーチと倉敷の美観地区へと車を走らせた。広島に戻ってからのもう一つの思い出深い瞬間は、年に一度の花火大会であった。あの花火がいかに圧倒的であったか、写真では到底伝えきれない。

月の終わりに向けて、ここで行ってきた作業の取りまとめに入った。絵コンテ(決定稿ではないかもしれないが)を書き上げ、スタイルフレーム(画面デザイン案)の制作に着手した。また、今回の滞在制作の成果物として、日本で行った3つのインタビューを、絵コンテの抜粋やスタイルフレームと交織させた出版物を刊行することに決めた。
H-AIR展覧会の設営まであと2週間となり、時間が刻一刻と迫っているのを感じる。広島での滞在制作の最終章を楽しみにしている。