2人の看護師が故障したラジオを担架に載せる。看護師は、すべての修理を扱う「ラジオ・クリニック」店へとそれを運んでいく。
8月22日(土) 16:45~ @JMSアステールプラザ中ホール
HAS2026コンペティション選考委員を担当した新井佑季氏によるキュレーションプログラムです。今年は、「アニメーション」という言葉の使用を一般化し、アニメーション映画祭文化の形成に大きな役割を果たしたフランスの批評家/教育者アンドレ・マルタンの生誕100周年にあたります。それを記念して本企画では、批評家として知られるマルタンの創作活動に光を当てます。マルタンが手がけた貴重な映像作品の上映にあわせて、キュレーターによるトークもお楽しみください。
キュレーター:新井佑季
登壇:新井佑季
2人の看護師が故障したラジオを担架に載せる。看護師は、すべての修理を扱う「ラジオ・クリニック」店へとそれを運んでいく。
フランス建設省の委嘱により制作された作品。パリの都市形成の歴史をたどりながら、都市圏拡張計画を紹介し、当時のイル・ド・フランス地域の都市化の未来像を描いている。
ロジェ・レーナルトのプロデュースのもと、後にフィルム・マルタン=ボシェを支えることとなるルネ・フォワン、ミシェル・ルドヴィッチ、ジュリアン・パペ、ジャック・ルルー、マヌエル・オテロらが参加。テレビ向けアニメーションの大量生産時代に先立つ、1950年代前半の黄金期におけるUPA作品を思わせる洗練されたアニメーション・スタイルも見どころである。
音楽:ギ・ベルナール
本上映では、今回の特集のためにフランス国立映画映像センター(CNC)とVDMラボラトリーによって修復された最新版を上映する。
リュクサンブール公園で宮殿の風景を描く画家。しかし、画家を演じるミシェル・ボシェは、なかなか絵を完成させることができない。
『パタモルフォーズ、あるいは画家の絶望』では、さまざまなストップモーション技法が次々と披露され、ユーモラスで軽快な演出によって展開される。アニメーションのみならず、あらゆる映像表現における技術への尽きることのない探究心という、アンドレ・マルタンの創作姿勢を象徴する一本である。
音楽:ジュヌヴィエーヴ・マルタン
パリのある「民族学者」が、アフリカ奥地の小さな村を訪れる。映像・録音機材を携えた彼は、現地の人々の身体を測定し、風景や儀式、音楽や踊りを次々と記録していく。やがてパリへ戻った彼は、その際に無断で録音した音楽を用いて成功を収め、大きな富を手にする。しかし、著作権を軽視するこの不誠実な民族学者は、やがて自らの盗用の責任を問われることになる──。
著作権の尊重と文化の多様性を、ユーモアと音楽を交えながら軽やかに描いた作品。
音楽:ジュヌヴィエーヴ・マルタン
都会の喧騒から逃れるため、一軒の家が空へと飛び立つ。宇宙を漂ううちに、家の中の家具はひとつ、またひとつとこぼれ落ち、やがて月面にある一室を彩っていく。
フランス作品としては初の、コンピュータによるボリュームアニメーション(映像)と、4Xサウンドシステム(音響)を用いて制作されたアニメーション作品。
音楽:ジュヌヴィエーヴ・マルタン
2025年12月31日、アンドレ・マルタンは生誕100年を迎えました。ボルドー出身の彼は、批評家、映画監督、研究者、そしてアニメーションの熱心な擁護者として、半世紀にわたりアニメーション映画文化に消えることのない足跡を残しました。1952年には「film d’animation(アニメーション映画)」という呼称を生み出したことでも知られています。
批評家
アンドレ・マルタンは、『カイエ・デュ・シネマ』から『バン・ティトル』に至るまで、50年間で100本を超える文章を発表し、アニメーションの発展を鋭く見つめ続けました。また、アニメーションを「第七芸術のもう一つの形(seventh art bis)」として位置づけ、独立した芸術分野として社会的に認知される礎を築いた重要人物でもあります。
あらゆる映画文化を活性化したプロデューサー
戦後のシネクラブ運動を代表する名司会者・興行者として活躍したアンドレ・マルタンは、40年以上にわたり数多くの映画祭を創設・運営しました。
ジュルネ・デュ・シネマ(Les Journées du Cinéma, 1951)、
トゥール短編映画祭(Tours Short Film Festival, 1955)、
国際アニメーション映画週間(JICA, 1956)、
アヌシー国際アニメーション映画祭(Annecy International Animation Festival, 1960、第3回JICA)、
オタワ国際アニメーション映画祭(Ottawa International Animation Festival, 1976)、
モンテカルロ・ニュー・イメージ・フォーラム(Monte-Carlo New Images Forum, 1981)など。
映画監督
アンドレ・マルタンは、1950年代後半から1960年代後半にかけて、ミシェル・ボシェとともに数多くのアニメーション作品を制作しました。委嘱作品、広告、フィクション作品のほか、フランス国営放送ORTFの研究部門との共同制作も行っています。また、カナダ国立映画制作庁(NFB)のために写真をテーマにしたドキュメンタリー2本、テレビとメディアをテーマにしたドキュメンタリー2本を制作しました。
1982年には、ソジテック社のフライトシミュレーターを用いて制作された、世界初の3Dナラティブ短編映画を発表。IRCAMの4Xシステムによる電子音響・音楽も取り入れた先駆的な作品となりました。
研究者・未来を見通した思想家
豊かな教養を備え、テクノロジーと社会学への深い関心を持っていたアンドレ・マルタンは、約10年にわたりカナダ・ラジオテレビ電気通信委員会(CRTC)の研究部門を率いました。
通信やメディアに対する彼の「マクルーハン的」分析は、現代社会を驚くほど正確に予見するものであり、その洞察は今日でも色褪せていません。
フランス帰国後は、INA(フランス国立視聴覚研究所)の映像研究グループに参加。北米での経験を通じてコンピュータ・アニメーションの重要性をいち早く理解し、1980年代には「ニュー・イメージ(新しい映像)」の可能性を熱心に提唱しました。当時まだ業界の多くがその価値を認識していなかった時代に、その将来性を予見していたのです。
1981年に発表した論考「Animation Is Dead, Long Live Animation!(アニメーションは死んだ、アニメーション万歳!)」は、その先見性を象徴する文章として知られています。
遺産
アンドレ・マルタンの活動は、アニメーション映画をひとつの創造的芸術分野として確立し、世界中のアニメーション作家たちを結びつける大きな原動力となりました。
その足跡は、映画、文化、そして世界の変化とともに歩んだ50年にわたる壮大な歴史そのものです。
この功績を記念し、GAMCAアニメーション協会では2026年を通じてさまざまな記念イベントを開催します。
最新情報は gamca.info にてご確認ください。